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島根出身画家を追え!(その1・内海広精)

東京藝大美術館展の準備、島根県出身画家リサーチ。
予告編に続いて、いよいよ具体的な調査レポートをはじめます!

まず紹介するのは、松江出身の日本画科、内海広精(うつみ・こうせい)。
ある時期に輝邦(きほう)と改名したようです。
この方、なんと美術学校の第1期生なのです!横山大観とも同級生。
明治26年に卒業後、愛媛、三重、福島の学校で図画の先生をしていたのですが、明治の終わりに大阪に移り、画家として活動を始めました。
その後、金沢に転居し、昭和初め頃には松江に戻って来ました。住まいは外中原だったことが分かっています。
その近くにお住まいの方から、「キホウさん」と呼ばれていた画家がいた、というお話をきくことができました!
しかし終戦前にどこかへ行ってしまったとのことで、その後どうされたのかが分かりません。

どなたか、「キホウさん」の行方をご存じないでしょうか?
生まれたのが明治6年なので、終戦の時点で72歳になっていたはず。心機一転でどこかに移ったとは考えにくいのですが・・・。
親戚にそんな人がいたという話をきいたことがあるとか、輝邦というサインがある絵が家にあるとか、そういった情報をお待ちしています!

ところで藝大には、内海広精の絵が3点残されています。残念ながら今回、卒業制作はお借りして来ることができないのですが、在学中に描いた掛軸2点が展覧会に出品されます。(写真は調査の時のものです。)
utsumi.jpg

狩野派の画家、橋本雅邦の教えを受けていただけあって、雪舟を思わせるかっちりとした水墨画です。まずは徹底的に基礎を学び、やがては独自の画風を開拓するよう教えられていたことが分かります。
これを機に、東京美術学校第1期生に島根県出身の画家がいたということを、ぜひみなさんに知っていただきたいと思います。
(K.Y.)

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