スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

島根出身画家を追え!(その2・青山扶)

ロンドンオリンピックも終わりましたね!
石見美術館では「巨匠たちの英国水彩画展」を引き続き開催中ですが、次の藝大美術館所展の準備も佳境に入ってきました!

そして島根県出身画家の調査も続行中です。

このたびの展覧会で紹介する、東京美術学校(現・東京芸大)の卒業生たちは、必ずしも全員が帝展や院展で活躍する画家となったわけではありません。
明治時代に美術学校を設立した目的のひとつは、全国の学校で図画を教える先生を養成することでした。よって、かなりの数の人が、卒業後に学校の先生になっています。
そうした人たちは、残念ながら名前がメディアには出てこず、百年経ってから調べようと思っても手がかりがなかなか見つからない、ということになります。

今回展示する卒業制作品の中に、明治44(1911)年卒業の、青山扶(あおやま・たすく)による「魚河岸」と題した日本画があります。様々な種類の魚や魚市場で働く人々の姿が生き生きと描写された、見ていてとても楽しい絵です。
aoyama.jpg

しかし青山扶さんがどんな画家だったかということは、公刊された美術史の資料からは見つけ出すことができませんでした。そこで青山さんの足跡を知るため、芸大に残された記録を手がかりに、色々なところに問い合わせをしてみました。
その結果、県外にいらしゃるお孫さんとそのご家族から、お返事をいただくことができました!
また、教員として勤めていたことが分かった島根県立大社高校(旧制杵築中学校)と、金蘭会高等学校・中学校(旧・金蘭会高等女学校)からもご協力が得られ、青山さんのことがだんだん分かってきました。

1枚の絵をきっかけに、色々な人とつながってゆくことができるのも、作品調査の醍醐味です。
今回の展覧会は特に、たくさんの方のご厚意と熱意に支えられていることが実感できるものとなりそうです。

青山扶さんのご遺族からは、作品との対面を楽しみにしていますとコメントをいただいています。
今は有名でなくても、当時最高峰の美術教育を受け、日々制作にうちこんでいた学生たちの作品は勢いのある、面白いものばかりです。
他の画家の作品についても、ぜひご遺族や出身地のみなさんにご覧いただき、若き画学生たちが絵にこめた想いを感じていただければと願っています。

(K.Y.)

コメント

管理者にだけメッセージを送る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。